低身長の人がいるから高身長の人がいるようにコンプレックスには価値がある

赤いハットを被ったマスク姿の女性

誰にだって自分の体にコンプレックスがあると思う。

低身長、薄毛、毛深い、目元や鼻、顎などのパーツが気に入らないとか、逆に、背が高すぎることがコンプレックスだったり、髪が剛毛で嫌気が差していたり。

本当にいろいろな種類の外見的コンプレックスが人それぞれにある。

それを気にして、低身長の人なら厚底の靴を履いたり、薄毛の人は毎日帽子を被ったり、目元にコンプレックスがある場合はサングラスを、その他の顔のパーツにコンプレックスがある場合は、マスクをしたり。

こうやって、自分のコンプレックスを隠す人が非常に多い印象がある。

もちろん、人は、自分以外の人から良く思われたいという欲求があるから、自分のコンプレックス・・要は弱点を見せないようにして、少しでも人から良く思われようと努力する気持ちも分かる。

実際に、人間は、物の見えない部分を、脳が都合のいいように解釈して想像するという性質があると言われているので、コンプレックスを隠すという努力はある意味では実っていると言えるのかもしれない。

でも、そんなコソコソとコンプレックスを隠している自分に好印象を抱いてもらって、それが何になるのだろうか。というか、そんな偽りの人生なんてつまらないものだ。

別にコンプレックスを活かせ!なんて綺麗事を言う気はない。僕が言いたいのは、コンプレックスを気にしない生き方にシフトしろ!ってこと。

もっと自分を愛して生きて行きましょうよ。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

コンプレックスが浮き彫りになったときのギャップは相当なもの

例えば、低身長がコンプレックスの男性がいたとして、その人はそれを隠す為に、毎日シークレットシューズを履く。そのお陰で、コンプレックスが解消され、見た目もグンと良くなり、他人から好意を抱かれる。でも、いざそのシークレットシューズを脱ぐ場面に遭遇したとき・・その人のコンプレックスは浮き彫りになる。その時の人に与えるギャップは相当なものになる。

(この人、実はこんなに背が低かったんだ・・なんかガッカリ。)

最悪の場合、そのギャップのせいで、相手に悪い印象を与えて、嫌われてしまうこともある。

このギャップは、コンプレックスを隠していた為に起こる。もともと背が低いというコンプレックスを隠していなければ、相手に最悪な印象を与えることはなかったはず。

そう、最悪な印象・・。スタイルが良いと思っていたのに、実は背が低かったという反動が、相手に必要以上にマイナスな印象を与えてしまう。さらに輪をかけて、『この人はシークレットシューズで身長を誤魔化す心の小さな人なんだ』と、外見だけでなく、人間性までも否定されてしまう場合もある。(これは特に女性に多い。)

コンプレックスを隠すと、自信がつき、その結果、人に好印象を与える場合もあるけど、実はそれなりのリスクもある。

また、隠すこと自体が、好印象ばかりか、相手にマイナスの印象を与えてしまっている場合もある。

隠しているつもりが、逆に強調してしまっている可能性も

一番手っ取り早い例が、最近良く見かける、風邪やその予防でもないのに、マスクを付けてるマスク女子マスク男子

これはもう自分から『自分はマスク取ったらイマイチですよ。』と、言いふらしてるようなものだ。そのせいで、逆にマスクを取った時の表情に注目されてしまう。そして、やはり必要以上にマイナスの印象を与えてしまう。

それから、線の細い男子が、腕の細さを隠す目的で、真夏日に長袖を着ている時。

これも『僕は腕が細いのがコンプレックスだから、暑いのに長袖を着ています。』と、公言しているのと変わりはない。初めから何も気にしないで半袖を着れば、そんなに注目されることもないのに、長袖を着ているせいで、(なんであの人はこんなに暑いのに長袖なんだろう?)と、変に相手の興味をそそってしまい、こちらも、やはり必要以上に注目されてしまうことになる。

このように、コンプレックスを隠すことで、逆にコンプレックスを強調してしまうケースもある。

では、どうすれば上手くコンプレックスを隠して生きて行けるのか・・・

・・・もうそんな思考はやめませんか?

コンプレックスを隠す生き方から、コンプレックスを気にしない生き方にシフトして、窮屈な人生からおさらばしようではありませんか。

他人の価値観に惑わされない自由な生き方を

これは、僕自身が低身長というコンプレックスに悩まされていた経験があるから、自信を持って言えること。

先程の例に出したように、僕は身長にコンプレックスがあったから、毎日のようにヒールの厚いブーツを履いていた頃がありました。

でもね、ある時気づいてしまったんですよ。

『低身長の人がいるから高身長の人がいる』ということに。

貧乏な人がいるから金持ちがいる。性格が悪い人がいるから性格が良いと言われる人がいる。

それと同じように、低身長という概念があるから高身長という概念があるんです。

もし、世の中の人がみんな身長180cmだったら、高身長というステータスが存在しなくなるんですよ。低身長の人がいるから、高身長というステータスが存在する。

だから、高身長のやつらは低身長の人に感謝しろよって(笑)

要は、コンプレックスにも価値があるということ。それに気づいた途端、自分のコンプレックスを弱点と思わないようになりました。

負け犬の遠吠えに聞こえる?確かに、人によっては、そう捉える人もいるでしょう。

でもね、それはあくまで、その人の考え。自分ではない、他人の考え。

そんな無責任な他人の価値観なんて、ハッキリ言ってどうでも良い。そもそも、人のコンプレックスを笑う人は、自信も余裕もない心の小さなつまらない人なんですよ。

自信や余裕のある人間は、相手の外見だけでなく、しっかり内面も見る。確かにそういう人にも、背が低いと思われはするけど、それをバカにしたりはしない。

過去にコンプレックスをバカにされた経験やトラウマが頭にこびりついていて、なかなかコンプレックスをさらけ出すことが難しいかもしれない。でも、それをバカにしてきた人や、笑う人は心の狭い人。そんな人達の価値観に踊らされて生きて行くなんて、コンプレックスをバカにされるより悔しくないですか?

周りの目なんて気にする必要はないんですよ。あなたの人生はあなたのものなんですから。他人の価値観の中で生きて行くほどくだらないことはないです。

だから、コンプレックスを改善する努力はしても、隠す努力はしない。

コンプレックスを活かそうとか、コンプレックスに対して自信を持とうなんて、そんな難しい綺麗事に流される必要もない。ただ、何も気にしないで、もっと自由に生きて行けばいいと思う。

コンプレックスには価値がある。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告
レクタングル(大)広告

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする