人気者になりたいのなら完璧なオシャレはするな!

床に散らばる小さいひまわりのブローチと足元

ファッションが大好きな人なら、誰しもが一度は、『完璧なオシャレ』を求めるたことがあると思う。

その目的は2種類に分けられる。1つは、自分の気分を上げるため。もう1つは、誰かに良く思われたいと思うため。

大多数の人が、自分以外の誰かに、自分をアピールする目的でオシャレをしているもの。でも、そうではなく、自分自身が楽しむことだけを目的にオシャレをしている人もいる。

自分が納得のいく『完璧なオシャレ』をして、気分が上がったり、輝くことが出来れば、それが自信に繋がり、様々なことが円滑に進んだりもする。

こういった人は、気分の赴くまま、『完璧なオシャレ』を追求することに没頭すればいいと思う。それが生き甲斐だと感じている人もいるだろうし、何より、他人の価値観なんて関係ない。自分が楽しめれば、それだけで十分なのだから。

でも、自分ではない誰かに自分のファッションをアピールして、少しでも良く思われたい、モテたい、人気者になりたい、という目的でオシャレをする場合は、『完璧なオシャレ』を追求する必要はない。

なぜなら、完璧な人には、人は寄り付かない性質があるのだから。

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完璧な人には人は寄り付かない

人気者になりたいと思う人はたくさんいると思う。もちろん、僕にもそういった願望が全くないと言ったら嘘になる。

人気者とはどういう人のことか。それは、人がたくさん寄ってくる人のこと。

人を寄り付かせるには、何かしらの魅力が必要不可欠。内面的な魅力の方が大事だと思うけど、人は相手を、まず見た目から判断するものだし、あまりにも見た目がダサいと、それだけで拒絶される可能性もあるから、外見的な魅力も無視はできない。

そこでファッションの出番。髪型や体型、お肌のお手入れ。ファッションのベースとなる自分を磨き、あとは完璧なコーディネートを組んでしまえば、人気者になれる。

・・・なんて思ってはいないだろうか?これは大きな間違えで、実はこの場合、あまり人が寄り付かなくなる可能性が大きい。

人は何か欠点があるほうが愛される

考えてみて欲しい。例えば、背が高くてスタイルがよく、顔立ちも綺麗で、髪型も大人っぽく色気があり、高学歴で高収入、おまけにスポーツも万能で、さらにコミュニケーション能力も高い異性がいたとする。

そんな完璧な人間が、さらに誰がどう見ても『完璧なオシャレ』をしていたら・・

そんな人に、あなたは近づけますか?

こんな完璧な人、同性でも気圧されるのに、それが異性であったら尚更気圧されて、逆に遠ざけてしまうと思います。

こんな完璧な人間がいたとして、その人のどこを愛せばいいというのだろうか。

憧れはすると思う。自分もあんな風に格好良くオシャレになりたいな・・って。

でも、自然と距離を置いてしまう。その人に、立ち入る隙きがないから。「きっと自分なんて相手にして貰えないんだろうな・・。」必然とこう思ってしまう。

人は、相手の隙・・すなわち、弱い部分にこそ愛着が湧く。こんな完璧な人間は、誰からも愛されない。

さて、例えを分かりやすくするつもりで、少し大袈裟な例を挙げてみたけど、これはファッションだけを例にとってみても、同じことが言える。

隙きのない『完璧なオシャレ』は、眩しすぎて人を近づけない。

じゃあわざとダサくすればいいの?と思われるかもしれないけど、そうではない。

ポイントは「決めすぎないこと」。

ハイセンスな装いで、独特な雰囲気を醸し出していたり、オシャレ過ぎて輝いている人のところには、人は集まらない。大勢の人から憧れ意識を向けられることはあるだろうけど、実際に近寄ってくる人は少ない。隙きがないし、気圧されてしまうから。

要は、『近寄りがたい存在』なのだ。ファッションに自信のない人なら尚更近寄りがたい。

なので、ファッションを武器に人気者になりたいのなら、行きすぎない『程よいオシャレ』を心掛けること。

ダサくてもダメ。オシャレ過ぎるのも良くない。そう言った意味でも、ファッションにおける着崩しや抜け感テクニックというものは、かなり効果的なテクニックなのかもしれない。

そもそも、完璧というものは、つまらないものだと思う。それ以上のものが存在しないから。

人気者になりたいのなら、親しみやすい程よいオシャレをして、あとは中身で勝負!

こんなところでしょうか。

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