オシャレは自己満足なのか?相手の気持ちを考えれば答えが見えるはず

部屋で漫画を読む女性

「オシャレは自己満足だ」

つい最近、オシャレな僕の友人がそう言っていた。

ファッション好きの僕からしたら、とても考えさせられる言葉でした。

その友人は10数年前のファッションの歴史や、各ブランドのルーツや、古着の価値や、最近のトレンドなど、ファッションについて幅広い知識を持っていて、かなりのオシャレセンスの持ち主です。

周りの人からオシャレだと言われ続けているし、僕自身も、彼を心からオシャレだと思っています。彼のようにオシャレになりたいと、常々思います。

そんな彼と、古着屋さん巡りをしているとき、彼はその言葉を発したのです。それも、どこか寂しそうに。

それは、オシャレをこだわり抜いた人だけが感じる苦悩のようなものなのだと思いました。

それと同時に、彼は自分の為のオシャレにしか関心がない人なのかもと言う考察に行き着きました。

僕は、彼の言う「オシャレは自己満足」という言葉に、賛同することが出来ませんでした。

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自分の為の服選びと相手の為の服選び

服選びをする時の基準は2つあります。自分の為の服選び相手の為の服選びか。

自分の為の服選びとは、純粋に自分がファッションを楽しむことを目的とした服選びで、何も余計な事は考えずに、単純に自分の着たい服を着る服選びです。

それ以外の服選びが、相手の為の服選びです。例えば、普段は奇抜なファッションが大好きでも、デートの日は、一緒にいる相手に、「この人と一緒にいると目立って恥ずかしいから嫌だな」とか「せっかくのデートだからもう少し清潔感のある格好をして欲しかったな・・」なんて思わせない様に、相手の気持ちを汲んで、その日は大人しい服を選んだりすることを言います。デートの日に、そういった相手の気持ちを考えずに、ただ単に気合いを入れてオシャレをするのは、相手の為ではなく、自分の為の服選びです。

もちろん、どちらもオシャレだと思われたいという根底は変わらないかもしれませんが、前者と後者では、服のチョイスに大きな差が生じます。

これを器用に使い分けることが出来れば、本当の意味でのオシャレ上級者と言えるのだと思います。そして、相手の為の服選びという概念を把握していれば、「ファッションは自己満足だ」なんて言葉は出てこないと思います。

冒頭の彼は、いつもオシャレです。いつもこだわり抜いたコーディネートをしていて、ファッションに対しての愛情がヒシヒシと伝わって来ます。そんな彼は、常に自分の気持ちに正直な服選びをしていて、相手の気持ちを考慮した服選びをしたことがないのでしょう。

それはそれで素敵なことだと思います。他人の意見や気持ちに左右されず、自分のスタイルを貫くのも決して悪くないことです。

しかし、それは『自己中心的なオシャレ』と捉えることも出来ます。

自己中心的なオシャレの行き着く先

自分のファッションスタイルだけを貫いていると、「オシャレな人」止まりになってしまう可能性があります。こだわり抜いたコーディネートで、周りから一目置かれる存在であったとしても、ただの「オシャレな人」であり続けてしまう。

「オシャレ」とは、服装に対する褒め言葉であって、その人の外見的要素や感性を褒めてはいるけれど、人間性までも褒めている訳ではないです。

ファッションで、ある程度の性格の判断基準は出来るかもしれませんが、あまりに漠然としすぎているので、所詮ただの「印象付け」でしかないです。

ここを理解していないと、モテようと思ったとき、服装や髪型ばかりに気を使ってしまいます。モテない男子に良くあることですね。

本当に心からファッションが好きで、相手にどう思われても良いと思っている場合は、自分のスタイルを貫き通しても何も問題ないです。僕自身、ファッションに対してそういった心意気を持っている人に強く憧れる面もあります。

しかし、モテたいとか、相手に好印象を与えたいと持っている場合は、自分のスタイルを貫き通しているだけではダメです。

ファッションには、相手の気持ちを動かす力があります。

それは、いわゆる「女子ウケファッション」という概念にも繋がったりする訳です。

自分のオシャレを貫いているだけでは、なかなか女性とお付合いすることは難しいです。なぜなら女性は、個性的なあなたのファッションを素敵と思うだけで、ただオシャレなだけでは、人間性まで素敵とは思わないからです。

女性にファッションを褒められたら嬉しいですよね。 「その服良いね!」とか「服買ったの?オシャレだね!」とか。 そんな事言われたら...

実際、僕の知り合いや友人に、かなりのおしゃれセンスの持ち主が数名いますが、全員長年彼女がいません。好きな人が出来て、食事に誘ったりしても、それすらも断られる始末です。

冒頭で登場した友人もそのうちの1人です。しかし、彼らはみんな、周りの人達から「オシャレ」と言われ続けています。もちろん女性からも。

オシャレなのはいいことです。でも、「オシャレなだけ」ってのはどうでしょう。

思うに、相手の為の服選びを意識しない人が、「オシャレは自己満足だ」という考察に行き着いてしまうのだと思います。いや、意識しないというか、そもそも相手の為の服選びという概念を知らないのかもしれないですね。

こういうタイプの人は、なかなかモテません。なぜなら、それが人間性に繋がっているから。

モテたとしても、精々20代前半まででしょう。若いうちは、オシャレなだけでもモテますからね。

でも、ある程度歳を重ねると、外見だけでなく、内面もオシャレでないとモテないようになります。要は、ファッションに限らず、何事も相手の気持ちを考えられる人でないとダメということです。

自分のオシャレを貫いているのにモテる人は、外見はもちろんのこと、内面もオシャレなんです。外見が「オシャレなだけ」の人は、モテません。

一緒に遊んだり、デートをする『相手』がいるのに、「オシャレは自己満足」なのでしょうか?

あなたはどう思いますか?

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